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東京地方裁判所 昭和62年(特わ)735号 判決

主文

被告人を懲役一年四月に処する。

未決勾留日数中一五〇日を右刑に算入する。

押収してある模造一万円券二五〇〇枚を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、茨城県水戸市西原《番地省略》に本店及び作業場を置き、日用品雑貨・家庭用電気製品の販売等を目的とする株式会社甲野社の代表取締役として同会社の業務全般を統括していた者であるが、

第一  分離前の相被告人Yほか数名と共謀の上、なんら権限がないのに不正競争の目的をもって、株式会社甲野社の業務に関し、昭和六一年八月五日ころから同月一九日ころまでの間、同会社の前記作業場において、任天堂株式会社が登録を受けた登録商標(昭和五八年九月二九日第一六一九三三一号、指定商品は商標法施行令一条に定める商品の区分第二四類おもちゃ、人形、娯楽用具等に属する商品)と同一であり、かつ、わが国において広く認識されている「Ninten do」の文字からなる商標及び同会社が登録を受けた登録商標(同六〇年五月三〇日第一七七三五二八号、指定商品は前同様の商品)である「マリオMARIO ブラザースBROTHERS」に類似し、かつ、わが国において広く認識されている「スーパーSUPER マリオMARIO ブラザーズBROS.」の文字からなる商標を印刷表示したラベルを指定商品であるファミリーコンピューターカセット六四九三個に貼付して右各商標を使用し、もって前記任天堂株式会社の商標権を侵害するとともに、同会社の商品と混同を生じさせた

第二  昭和六一年四月下旬ころ、啓文堂印刷の下請先である茨城県水戸市根本《番地省略》所在の乙山オフセット印刷株式会社において、日本銀行発行の真正な一万円紙幣を利用して作成したオフセット印刷用原版を用い、四色オフセット印刷により、日本銀行発行の一万円紙幣を模した模造紙幣二五〇〇枚を製造し、もって日本銀行発行の一万円紙幣に紛わしき外観を有するものを製造した

ものである。

(証拠の標目)《省略》

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、通貨及証券模造取締法違反で起訴されている紙幣(以下「本件紙幣」という。)は、まん中に赤字で大きく見本と書いてあり、また、真正の紙幣より形も小さいので、同法一条に規定されている一万円紙幣と「紛ハシキ外観ヲ有スルモノ」には該当しない旨主張する。

そこで検討するに、通貨及証券模造取締法一条が禁止しようとする対象物は要するに模造品であって、刑法の通貨偽造罪の禁止する対象物ほど高度の外観近似性を必要とするものではないと解すべきところ、関係証拠を総合すれば、本件紙幣の表面及び裏面は、真正の日本銀行発行の一万円紙幣の表面及び裏面を基にして、四色写真製版の方法により、これと同図柄かつほぼ同色にしてオフセット印刷した精巧なものであること、紙幣の大きさは、縦・横とも真正の一万円紙幣の九〇パーセントに縮小したに過ぎないものであること、等が認められ、以上の事実を総合すれば、本件紙幣は、その用い方いかんによっては、相手方をして真正の一万円紙幣と誤認させるおそれがあると認められ、したがって、一万円紙幣に「紛ハシキ外観ヲ有スルモノ」に該当すると解するのが相当であり、弁護人主張のように、本件紙幣の表面及び裏面の各中央の透かしにあたる部分に「見本」と赤で印刷されていることは認められるものの、この点は、本件紙幣が同法に定める模造紙幣に該当すると解する妨げとはならないというべきである。

よって、弁護人の前記主張は採用できない。

(法令の適用)

一  罰条

1  被告人の判示第一の所為のうち、

(一) 商標法違反の点の

(ア) 「Nintendo」の商標の侵害につき、刑法六〇条、商標法七八条

(イ) 「マリオMARIO ブラザーズBROTHERS」の商標の侵害につき、刑法六〇条、商標法七八条、三七条一号

(二) 不正競争防止法違反の点につき、刑法六〇条、不正競争防止法五条二号、一条一項一号

2  判示第二の所為につき、通貨及証券模造取締法二条、一条、刑法施行法一九条一、二項、二条

二  観念的競合の処理(判示第一につき)

刑法五四条一項前段、一〇条(刑及び犯情の最も重い「Nintendo」の商標の侵害の商標法違反の罪の刑で処断する。)

三  刑種の選択

判示第一につき、懲役刑を選択

四  併合罪の処理

刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(刑の重い判示第一の罪の刑に加重)

五  未決勾留日数の算入

刑法二一条

六  没収

刑法一九条一項三号、二項

(量刑の事情)

本件の判示第一の行為は、分離前の相被告人Yらと共謀の上、なんら権限がないのに、不正競争の目的で、任天堂のヒット商品であるファミリーコンピューターカセットのスーパーマリオブラザーズの模造品六四九三個を作ったというものであり、第二の行為は、被告人が単独で、日本銀行発行の一万円紙幣の模造紙幣二五〇〇枚を製造したという事案である。被告人が右各犯行に及んだ経緯をみるに、第一については、前記Yが任天堂のファミリーコンピューターカセットのスーパーマリオブラザーズ(ハウジングの色がレモンイエローのもの)の模造品を買ったことから、これを真正品に近いものに作り替えて売却しようと考え、取引先で顔見知りとなった被告人に模造品の作り替えをもちかけ、被告人は加工賃欲しさからこれを承諾して犯行に及んだものであり、第二については、自己の経営する甲野社の事業として、「スイングマネー」などの商品として売却するために敢行したものであって、動機において特に斟酌すべき事情は認められない。被告人は、商標権のある商品を権利者に無断で製造したりすることが許されないものであることを十分認識しながら本件に及んだものであって、Yからハウジングの取り替えを依頼されるや、それだけでなくハウジングに貼布するシール、商品に添付する説明書、カセットを収納する外箱等も作り替えることを提案し実行に移しているのであって、そのために多数の下請、仕入先を利用して原材料を準備した上、被告人の経営していた株式会社甲野社の従業員を使用して作業をさせるなど、被告人らの事業として、組織的、計画的に製造したものであり、模造品の出来ばえは、外観上は、一見しては真正品と区別できないほど精巧に作ったものである。このようにして被告人は、六四〇〇個余もの大量の模造品を作り、その大部分をYを介して流通過程に置いたものであって、下請先などに対する未払債務、Yに対する未収工賃債権を別とすれば、第一の犯行により少なくとも約一六五万円の実質的利益を得ており、これに対し、商標権者である任天堂は、本件模造品が流通過程に置かれて一般消費者に売却された分について経済的損害を受けたのみならず、本件模造品の一部には絵が出ない不良品があったことなどから任天堂の商品に対する信用をも毀損された面も窺われるのに、被告人は何ら被害弁償の措置を講じていない。更に、この種の犯罪は商標権者が多年にわたる品質向上の努力、商品開発に対する投資、宣伝活動によって獲得してきた真正品に対する信用や実績に便乗して不当な利益を図り、公正であるべき競業秩序を混乱させるものであること、また、その罪質上伝播性が著しいもので、その蔓延が市場の信用を毀損するおそれの強いものであること、加えて、判示第二の犯行で起訴された以外にも相当多数の模造紙幣を製造した節も窺われること、被告人には、業務上過失致死罪により禁錮刑(執行猶予付)、傷害罪により罰金刑、猥褻図画販売罪等により懲役刑(執行猶予付)に処せられた各前科があり、本件各犯行は執行猶予期間中の犯行であること等をも併せ考えると、被告人の刑事責任は重いといわなければならない。

他方、本件第一の犯行をもちかけたのはYの方であること、被告人は、当公判廷において、今後はかかる行為を行わない旨述べていること、被告人は、昭和六一年一〇月ころ、株式会社甲野社を事実上倒産させ、被害弁償をするにも、その資力に乏しいことが窺われること、本件第一の犯行のきっかけとなったところの、レモンイエローのカセットの模造品を作った者が他に存在し、その者までは捜査が進展せず、未だ刑事責任が問われていないと思料されること、本件の贖罪の一つとして金三〇万円を寄付したこと、その他被告人の健康状態及び家庭の状況等被告人に斟酌すべき事情も認められるので、これらを総合勘案して、主文のとおり刑の量定をした。

(求刑 懲役二年及び模造紙幣二五〇〇枚の没収)

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木浩美)

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